限りなく透明に近いブルー

ご存知、芥川賞群、群青新人賞を受賞した村上龍の処女作である。
最近、この本を読み直した。
というのも、この物語でいう『鳥』が露骨に邪魔をしてくるようになった。

昔から、『鳥』は見えていた。
ただ、『鳥』と僕の距離は離れていて、
離れていると思っていて、
そりゃ時々は邪魔だったけれど、
実害は特になくて、僕は無視をしていた。

それがどうだ、最近では露骨に僕の進路を妨害してくる。
『鳥』は殺さなきゃいけないと思う。
ただ、殺し方がわからないんだ。

以下、レビュー。
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この物語には人間の狂気が詰まっている、乱交、麻薬、暴力の強烈な描写。
しかし、その風俗的な騒々しさとは裏腹に、この物語から私たちは静けさを感じる。
それは私たちが主人公の目を通してこの物語を見ているからだ。
主人公の目というフィルターを通すことでその騒々しさから熱が消える。
何故なら、主人公の目と主人公の行動に親密生がないからだ。
それは紛れもなく主人公の現実であるはずだが、非現実であるような錯覚さえする。

”リリー、鳥が見えるかい?”

物語の終盤、主人公が恋人に問う。
しかし、鳥は存在しない、恋人は狂気を感じる。

”鳥を殺さなきゃ俺は俺のことがわからなくなるんだ、
鳥は邪魔しているよ、俺が見ようとするものを俺から隠しているんだ”

あなたには鳥が見えただろうか?
そして、その鳥をどうしただろうか?

kagirinaku

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