喪失と進化

先週は、実家して祖父の手伝いをした。
私の祖父母は農家で、白ネギの出荷をしていた。

それで…
実家で食べる母親のサラダが美味く(上手く)なっており、少し驚いた。
サラダが上手いというと中々ピンと来ないが、要は野菜の組み合わせ等が、なんか神がかっていた。

何故か?と考えると、母が臓器系の病気で倒れて、油料理を食べることができなくなった影響だろう。
つまり、限定された料理の中で楽しもうと、結果的にサラダが上手くなったのだ。

人間は本当におもしろい、失うと進化するのだから。

例えばよく、”失恋は人を成長させる”とも耳にするが、正しいと思う。
だから正直な話、私は他人の不幸が大好きだ。
予期せぬ不幸を受けて、その人がどう進化するのか?に凄く興味がある。
まあ、中にはそれに耐え兼ねて再起できない者もいる。

この理論では、”才能”も同じことが言える。
あまりに何かに秀でた者は、何かしら、例えば社会性等が欠如していたりする。
才能はその人に付いているのではなく、何処かが欠落しているからこそ、他の能力が秀でている場合が多い。

勿論、私は今後自分に訪れるであろう、不幸と言うなの”喪失”にも期待している。
何を失って、どのように進化するのか?
自分の今後も非常に楽しみである。
スクリーンショット 2014-01-20 19.52.37

広告

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

%s と連携中