飢えと恥

最近、”お腹空いた”の飢えを感じてない。
感じたとしても、せいぜい2時間もすれば何かを口にしている。
飽食の時代万歳!!
って感じなわけですが、日本は世界一の残飯大国なのだと。
年間1800万トンも食べ物を廃棄してるのだと。
実際、食べ物のありがたみとか感じなくなってきてるよね。
まあ、私は現代っ子には珍しく飢えた経験がありまして…

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ボリビアを旅していた時、本当にお金がなかった時があった。
南米最貧国にいながら飯を食う金に困っていたのだから、思い返せば笑える。
当時、ブラジル人×2、オーストラリア人×1と旅していたが、みな金がなかった。
私たち4人は、疲れていたし腹ぺこだった。
そして、安そうな薄汚れた外装のレストレランに入る。
テーブルに座りメニューを確認する。
みなが思った『高い、到底お腹いっぱいは食べられない。』
丁度その時、隣の団体客が店を出た、テーブルには料理が余っている。

ブラジル人のひとりが言う。
ブラ①「あれ貰おうぜ。」
オース「どうやって?」
ブラ②「さっさと取ろう。」
オース「それは良くないだろ。」
 私 「注文の参考にするからちょっとくれ、ってどうかな?」
三人 「いいね。」

料理を下げようとしているウェイターを止め、
「そのテーブルに残っている料理をくれ、注文の参考にする。」
私たちは、その行為があたかも当然のように言った。

惨めだった、本当に惨めだった。
あんな思いは二度としたくない。
でも、その冷めたピザはたまらなく美味しかった。
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まあ正直、金は卸せばあったし、カードもあった。
でも、スキミングを警戒していたし、カードを使える店で食べる気はなかった。

こんな経験をしろとは言う気はない。
しかし、飢える経験というのは大事ではないだろうか?

その経験があれば、食べ物の見方が変わってくるのではないだろうか?
食べ物を選ぶ余裕を失った時、初めてその有り難さに気付くのではないだろうか?

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