災害と歴史

先日、『自然災害とこれからの防災・減災』というシンポジウムを傍聴した。
午前中、外国の教授や医者の方々が英語で、其々の立場からの被災を想定した話などをされた。
真剣に聴いてはいたが、防災の専門家ではないので、あまりおもしろくなかった。
まあ、メインは午後なわけです。

午後、『河田惠昭』氏の講演から始まった。
京都大学名誉教授、関西大学社会安全学部教授、人と防災未来センター所長。
東日本大震災復興構想会議委員。 という肩書きの方。

それで…
地震、洪水、高潮、土砂災害への備え方や、災害の知識を話された。
なんというか、流石に喋り慣れていらっしゃり、おもしろく又非常に勉強になった。
そのひとつひとつを私が説明しても仕方が無いので、もっと大まかな枠組み的な話を書こうかと思う。

歴史的に、災害後は国難に陥る傾向がある。
例えば、江戸幕府の解体には災害が関係していたという。
『・1854年12月23日,24日
  安政東海(M8.4)、安政南海地震(M8.4)が32時間差で発生。
 ・1855年11月11日
  安政江戸地震(M6.9)。
 ・1856年9月23日
  安政江戸暴風雨により、東京湾で巨大高潮発生。
そして、1867年11月9日、大政奉還が行われた。    』

今の日本は、東日本大震災を終え『首都直下地震』と『南海トラフ巨大地震』を控えていると言われている。(いろいろな見解が交錯しており、よく分からないが…)
つまり、同じ様なシナリオが出来つつあるようだ。

他にも、災害は歴史に大きな影響を与えている事例が幾つもある。
1755年、リスボン大震災が起きた。
これによりリスボン人口の31%が犠牲となり、又ポルトガル艦隊が全滅した。
そのお陰で大西洋・地中海の覇権がフランスに移行することになった。
フランス革命にリスボン大震災は大いに関わっている。

また、バングラデシュの建国には災害が影響している。
1970年、東パキスタンのボーラ地方(今日のバングラデシュ)とインドの西ベンガル州をサイクロンが襲った。
これはボーラ・サイクロンと呼ばれ、最大50万人と推定される人命が奪った、史上最大級のサイクロンである。
近代以降の自然災害で、最悪のもののひとつと言われている。
災害後、東パキスタンの政治指導者と国際社会は、パキスタン政府の災害救助活動が消極的であることを激しく非難した。
この結果、普通選挙で野党のアワミ連盟が東パキスタンで圧勝を収め、翌1971年には東パキスタンと中央政府間の政争が激化、遂にバングラデシュが独立戦争が勃発。
同年12月には第3次印パ戦争へと拡大、結果バングラデシュが建国された。

このように、災害は歴史の形成に大きく関わっている。
日本は、急激な少子化や巨額の債務、移民の拒否などの問題もあるのに、災害の心配もせねばならない。
それに氏曰く、東日本大震災の被害は10年では復興しないと言う。
ああ、日本の未来が心配だ。

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