読書について私の思うこと

愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ。
これはオットー・ファン・ビスマルクの有名な言葉だ。

何故読書をするって、簡単に言えばそういうことだと思う。
最初から自分の誤りを避けるために、他人の経験から学ぶのだ。
その方が円滑に物事を勧めることができる。
自分の経験からしか学ばない人は沢山の誤りを犯すし、そこには沢山のロスがあるはずだ。
だから読書をする。

しかしながら、ビスマルクはもうひとつ名言を残している。
ソーセージと法律の作り方を知る人は、もはや安眠することが出来ない。

んっ?」ってなりますよね、はい。
要は、『知ってしまったら気になっちゃったり、不安になっちゃったりで寝れなくなるよね。』ということだ。
当然だが、人間の知るという行為は不可逆だ。
知ってしまったら容易には忘れることができない。
知らなかった自分に戻ることはできない。
最近特に思うけど、知ること=正義でもないよね。
「知らぬが仏」という言葉もあるしさ。

話が逸れましたが
私としては、『読書=知識の補充、価値観の交換』だ。
知識の補充は、知らないことを勉強すること。
価値観の交換は、自分が持っている価値観を、本を読んでいいなーと思った価値観と交換すること、だ。
いろいろな読書があると思う。
自分の精神の輪郭を確かめるものもあるし、壊して作り替えるものもある。
あなたはどういう読書をしているだろうか?
はたまた読書に必要性を感じるだろうか?

広告

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

%s と連携中