美女だからって幸せになれるとは限らないんだからねっ!

”美女=人生イージーモード”
ではない、と
少なくとも私は思う。

我々の人間社会は集団によって成り立っている。
だからこそ、美女は周囲に美しいと認識され、持て囃される。
しかしこの人間社会では、自分の意志とは関係なく、またその権力が弱ければ弱い程、否応無しに扱われる。
そう、彼女等は自分の意志とは関係なく、美しさのトップグループに放り込まれるのだ。
ずっとトップでいる事ができれば、或いはそれは幸せかもしれない、しかし当然そんなことはない。
女性の美しさが作用されるのは、せいぜい30歳だろう。
どんなに美しい女性でも、例えば30歳の容姿では18歳の乙女の魅力には勝てない。
つまり、美女というのは最初は必ず先頭を走り、走らされ、途中で必ず追い抜かれる運命にある。
彼女等は、若い美しさという、決して取り戻す事のできない栄光を自覚する時が来るのだ。
そして、葛藤や虚無感と戦わなければならない。
また、その美しさは時に周囲に狂気を促し、大きな渦を巻いていく。
あまり頭が良くなく、自分の運命を認識できない美女以外は、幸せにはなれないだろう。

さて、美しさ故に周囲を狂気に与えた、昔の美女の末路を見てみよう。
昔の美女の運命は、政治利用されることが多かったこともあり、暗いものが多い。
例えば、千姫。
優れた美貌の持ち主とされているが、その最後は悲惨だ。
14歳(7歳とも言われている)で豊臣秀頼に嫁ぐも、大阪城落城の際、夫を残し脱出。
千姫を救い出した坂崎出羽守は、千姫を妻に迎えたかったが許されず、狂乱の末に殺される。
またこの時には、千姫事件という千姫強奪事件も起きている。
翌年、本田多忠刻と再婚、姫路城に住むも、すぐに夫が発病し、長い闘病生活の末、病死。
28歳で弟のもとへ戻り、最後には貧乏な尼寺で幽閉の身となり死を迎えている。
後年の彼女の乱行と最期は、豊臣秀頼と坂崎出羽守、その他彼女を手にできなかった者の、怨霊の祟りだと言われている。

美しいことは罪なことだ、まったく。
本人の意志など関係なく、人を振り回してしまう。
きっと沢山の男共が「千姫と交わりたいでござる。」とでも口々にしたのだろう。
そこには様々な人間の黒い感情が渦巻いている。

最後に、”美人は3日で飽きる”というのも間違っていると私は思う。
これはブスを自殺から救う為の言葉だ。

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